アート
Posted on 2026-02-28
草間彌生 現代美術家列伝〈5〉
2026/2/28
M&C編集部・蓬田修一
自己を宇宙へ溶かし込む
2017年に東京・六本木の国立新美術館で「草間彌生 わが永遠の魂」と題する大個展を見た。
そのタイトルとおり草間の初期から現在までの作品が網羅的に展示され、展覧会を見終わったあとは草間の芸術に浸った幸福を味わった。
草間が本格的に活動を始めたのは戦後間もない頃だ。これまでの価値観が崩れ、新しい秩序が模索されるなかで、芸術も例外ではなかった。1950年代末に渡米した草間は、抽象表現主義やミニマリズムが台頭するニューヨークの前衛美術界に身を置く。巨大な画面に自己の痕跡を刻み込む芸術家たち、工業的な反復構造を追求する作家たち。そのなかで、草間は独自の道を切り開いた。
彼女の代表的な《インフィニティ・ネット》は、一見すると単純な網目の反復である。しかし、小さな弧線を無数に描き続ける行為は、自己を表現するのではなく、逆に自己を希薄化する運動であった。反復が極限に達すれば、そこには個性は存在せず、自己は無限へと続く連続のなかへと溶け込む。
水玉も同様である。大小無数の水玉が画面や空間を覆うと、中心は失われる。鑑賞者でさえ特定の一点に視線を定めることができず、全体のなかへと取り込まれる。草間はこれを「自己消滅」と呼んだ。自己を拡張して世界を見渡すのではない。自己を無限に拡散させ、世界との境界を解体し、宇宙の一部へと溶解させる。
☆
鏡を用いた《無限の鏡の間》において、その思想は明確になる。光や水玉が反射し合い、空間は終わりのない奥行きを持つ。そこでは遠近法的な秩序も、主体が空間を把握するという近代的構図も崩れる。自分の身体さえ無数に分裂し増殖する。ここで起きているのは、空間概念そのものの解体であり、自分自身の永遠への融解である。
よく知られた話だが、草間の制作の根底には、幼少期からの幻視体験があるとされる。視界を覆い尽くす斑点や増殖する奇妙な形態。幼い女の子にとって、それは不安と恐怖の体験であったはずである。しかし彼女はそれを芸術へと昇華させた。個人的な不安体験を、宇宙的スケールの芸術へと転換させた。
近代芸術は「自己表現」であった。だが草間は、自己を強く打ち出さず、むしろ自己を消し去る方向へと徹底した。その徹底が、逆説的に強烈な個性として立ち上がったのである。
この姿勢は、大戦後の不安定な時代、消費社会が拡大する1960年代の空気とも響き合う。草間は自己を拡張するのではなく、解体し拡散させた。世界と対峙するのではなく、世界へ溶け込む道を選んだのである。
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草間彌生の作品が今日に至るまで多くの人を惹きつけるのは、その視覚的な華やかさだけによるものではない。自分を主張するのではなく、溶かすこと。中心に立つのではなく、無数の粒子となること。ここにはどこか仏教的なあるいは、無為自然を論じる道教的な世界を感じる。草間彌生の芸術にあるのは、声高に叫ぶ個人ではなく、無限へと連なる存在の感覚である。
彼女の網目と水玉は、単なるモチーフではない。世界と自己との関係を問い直す、持続的で誠実な探究の軌跡なのである。
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2017年の展覧会の開幕に先立ち、報道関係者向けに草間のフォトセッションが行われた。草間は車椅子に座り、若い男性に押されて会場に登場した。草間は大勢の報道陣の前でカメラに向かって視線を投げた。あちらこちらのカメラマンから、こっちを向いてほしと声がかかる。そのたびに若い男性は車椅子をカメラの方向へ変え、座っている草間は視線をカメラに向ける。草間は美術界の巨匠であり、多方面に活躍する有名人であるから、多くのカメラマンがかわるがわるに撮影を続け、その時間の長さに、わたしは高齢の草間の体調を心配した。しかしその心配は不要で、草間は最後まで威厳を湛えた表情を崩さなかった。
そしてフォトセッションが静かに終わると、会場にいた誰からともなく拍手が起きた。拍手の輪はすぐに広まり、大きな拍手の音が会場に響いた。拍手のなか車椅子に座る草間は若い男性に押されて、入ってきた扉に向かって移動し、扉の向こうに姿を消した。長いフォトセッションのあいだ草間は一言も声を発しなかったが、会場は幸福感に包まれた。
わたしはプレスとして100を超えるフォトセッションに立ち会ったと思うが、これほど感動したフォトセッションは、後にも先にもこれだけである。
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