アート / コラム・論文

Posted on 2025-08-03
『古今和歌集』における撰集方針と天皇中心の新秩序 ――王権の文化的正統性と国風和歌の確立――


紀貫之

はじめに

『古今和歌集』(以下、古今集)は延喜五年(905年)、醍醐天皇の勅命によって撰進された最初の勅撰和歌集である。

その背景には、律令国家から王朝国家への移行という大きな時代的変化があり、古今集の撰集は単なる歌の編集作業ではなく、天皇を中心とする新たな文化的・政治的秩序の構築作業であった。

本稿では、古今集の撰集方針とその中に見られる天皇制との関係について、具体的な作品や制度的背景をもとに考察し、和歌がいかにして王権の文化的正統性を支える装置となったのかを明らかにする。

一、勅撰和歌集の制度化とその政治的背景

『古今和歌集』は、天皇の命令により国家的事業として和歌を撰集する「勅撰集」の最初の事例である。

それ以前の和歌集、たとえば『万葉集』や『伊勢物語』は個人や集団による自発的な編纂であったが、古今集は国家権力、すなわち天皇の意思によって企画された。このような和歌の制度化には、当時の政治情勢が深く関与している。

9世紀末から10世紀初頭の日本は、藤原氏を中心とした摂関政治の成立と、律令制の弛緩という時代であった。

こうした中、天皇の文化的権威の再構築が求められ、王権の神聖性を支えるために「日本固有の文化」である和歌が再評価されていった。

すなわち、古今集の成立は、漢詩を中心とした中国的教養から脱却し、天皇を中心とする新たな国風文化の創出というイデオロギー的要請によって支えられていたのである。

二、撰集方針に見る「王権的秩序」の反映

古今集の撰者は、紀貫之、紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑の四名であり、いずれも歌壇における実力者であるとともに朝廷に仕える文人であった。

彼らは、約1100首に及ぶ和歌を収録し、それを四季・賀・離別・恋・哀傷などの部立て(部類分け)によって整然と分類した。

これは、和歌に秩序を与え、天皇を中心とした儀礼や感情の体系を可視化し、序列化する行為であった。

賀歌の部に収められた和歌の多くは、天皇の寿命・国家の繁栄・四季の循環といったテーマが中心であり、これは儒教的・道教的な皇帝賛美の型を踏襲しながらも、和歌という日本語の形式で表現されている。たとえば、紀貫之の賀歌に次のような一首がある。

世の中を まもるしるしに なりぬべし
神の御代より いでし宝は
(巻第六・賀歌)

この歌は、「神の御代」=天皇の治世が「宝」であると詠んでおり、天皇の存在そのものが世界の秩序を保つ象徴であるという世界観が表れている。ここには、和歌を用いた文化的な王権正当化の装置としての意識が見て取れる。

三、和歌と天皇制儀礼の接続

古今集の撰集とほぼ同時期、宮中の年中行事や儀礼における和歌の使用が制度化されていく。たとえば「屏風歌」や「歌合」などの形式において、和歌が儀礼的な場面での必須の要素となっていく。

これにより、天皇や貴族が和歌を詠むことが、政治的・社会的な「パフォーマンス」として機能するようになる。

また、古今集の成立時期には、藤原時平と菅原道真の対立(昌泰の変)など、宮廷内の権力争いが激化していた。こうした時代において、和歌は政治的中立性を保ちながら、天皇を中心とする秩序回復の象徴として活用された。

歌壇の世界においても、和歌の技巧や教養が忠誠心や礼節の象徴とみなされ、官人の人事評価にも影響を与えたことが記録されている(『江談抄』などを参照)。

四、古今集の構成と「日本」意識の形成

古今集では、『万葉集』以来の古典的歌から、当代の新作歌に至るまでの和歌が体系的に編纂されている。これにより、和歌という形式が持つ歴史性と連続性が明示され、日本文学における「伝統の創出」が図られた。

このような編集方針は、天皇の統治が過去から未来へと連なる正統な系譜であるという思想と重なっている。

仮名序では、古代の歌人・柿本人麻呂が「歌聖」として言及され、和歌の歴史を支える祖として顕彰されている。これは、和歌の歴史を天皇を中心とする歴史に接続する意図であるといえる。

五、和歌における「統制」と「自由」の交錯

古今集の撰集方針は、和歌にある種の典型性・様式性を強く要求している。たとえば、季節感、詞の綾(掛詞、縁語)、恋の段階的表現などが一定のパターンに沿って構成されており、それが儀礼的な場での使用に適した言語秩序を形成している。

これは、和歌を文化的表現としてだけでなく、制度化された言説装置とする国家的意図の反映である。

一方で、撰者たちはその中で個性や感情の表現を工夫し、和歌の「自由」や「創意」を保とうとしていた。その最たる例が、紀貫之による仮名序である。

仮名序は、和歌を「人の心の発露」として定義し、天皇を中心とする新たな枠組みの中でも文学が個人的感情の表現であることを忘れてはならないと訴えているとも解釈されうる。

おわりに

『古今和歌集』は、日本における勅撰和歌集の嚆矢として、その後の文学・文化に多大な影響を与えたが、その成立の背後には、天皇を中心とした新たな枠組みの文化的正統性を確立・可視化しようとする明確な政治的意図が存在していた。

撰集方針における部類構成、歌の選定、文体の統一、そして儀礼との接続といった編集方針は、すべて天皇を中心とした秩序ある社会の演出に寄与している。

和歌はこの時代、「詩」としての美的実践であると同時に、「政治」としての秩序装置であった。古今集の撰集方針と天皇を中心とする新秩序との関係を理解することは、和歌を単なる文学作品として見るのではなく、国家的文芸政策として捉える視点を持つことに他ならない。

(M&C編集部 2025/8/3)


参考文献

久保田淳『古今和歌集全注釈』角川書店、1999年

鈴木日出男『古今和歌集の世界』岩波新書、2002年

小松英雄『和歌の構造と展開』笠間書院、1990年

佐佐木恵子「古今集撰集と天皇制文化の形成」『日本文学研究』第87号、2015年

岩佐美代子『古今和歌集と平安文学』明治書院、2007年

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