アート

Posted on 2026-02-08
UJINO 現代美術家列伝1


2026/2/8
M&C編集部
蓬田修一

サウンド・ノイズ・動きが身体感覚を強く刺激

UJINO(宇治野宗輝 うじの・むねてる)は1964年、東京に生まれる。多摩美術大学で彫刻を学ぶ。学生時代から既製品、工業製品、電化製品を素材に制作を開始する。1990代以降は、「音を出す彫刻」という独自の方向性を確立していく。機械装置や音響、廃材を用いたインスタレーションやパフォーマンス作品を発表。美術と音楽、工業製品と身体感覚の境界を横断する表現を長年にわたり展開している。

わたしはUJINOの作品をいろいろな場所で見てきたと思うが、横浜トリエンナーレで見た《プライウッド新地》と、ICCで見た《電波街(Radiowave Quarter)》が、特に印象深い。

《プライウッド新地》は、エレキギターや家電など、日常で目にする楽器や工業製品、美術品輸送用の木箱をDIY感覚で組み立てたインスタレーション作品だ。

《電波街(Radiowave Quarter)》は、短波ラジオ受信機が様々な言語の放送を受信する様子が記録された複数の映像を同期再生するものだ。

《プライウッド新地》は実際のモノを空間に配置する手法で作品が作られていたが、《電波街(Radiowave Quarter)》は装置が映像情報として記録されている。これは、社会が物質から情報へと変化したことを思わせる。

UJINOの作品の大きな特徴は、「動く」「音を発する」という点にある。モーターや回転機構、金属部品などで構成された作品群は、展示空間の中で実際に稼働し、振動、ノイズ、リズムを伴って鑑賞者に作用する。そこでは、視覚、聴覚、身体感覚が強く刺激され、作品鑑賞という行為そのものが空間的・時間的な体験へと拡張されていく。

規則的な動きがある一方で、ズレや不安定さも内包されており、完全に制御された機械とは異なる。この「制御されているようで、完全には制御されていない状態」は、UJINOの作品全体に通底する重要な要素である。

素材選択においても、UJINOは工業製品や廃材、既製品を積極的に用いる。そこには高度経済成長期以降の日本社会が生み出してきた大量生産・大量消費の痕跡が刻まれている。役目を終えた機械や無機質な素材が再構成され、新たな機能と意味を与えられることで、作品は単なる造形物を超え、社会や時代を映し出す装置として立ち上がる。

UJINO作品に欠かせない「音」は、必ずしも心地よいものではなく、ノイズ、振動、不協和音を含むことも多い。こうしたサウンドは、日常生活の中で無意識に聞き流されている都市の環境音や機械音と重なり合い、鑑賞者に現代社会の構造を身体的に意識させる。

UJINO作品は、美術館という制度的空間の中にありながら、展示物として静止することを拒むかのように存在する。作品は常に稼働し、音を発し、空間全体に影響を及ぼす。

このような表現は、現代美術における「作品とは何か」という問いとも関係している。完成された静的なオブジェではなく、時間の中で変化し続ける状態そのものが作品であるという考え方だ。これは、パフォーマンスやメディアアートとも共鳴する。UJINO作品は、作家の意図、装置の自律性、装置が発する音や動きの偶然性が交差する場として成立している。

UJINOの制作姿勢は、明確なメッセージを直接的に提示するのではなく、鑑賞者の体験を通して思考を促す。作品は社会や文明に対する批評性を内包しているが、それは説明的な言葉ではなく、音、動き、振動といった感覚的要素を通じて示される。そのため、鑑賞者は自身の経験や感覚を通して作品と向き合うことになる。

このようにUJINOの作品は、理解する以前に体験が先行する点に特徴がある。意味を即座に読み取れなくとも、音や動きが身体に残る。その残響こそが、現代社会と人間や技術との関係を考えるための入口となっているのだ。

そして一番大事なのは、こうした理屈めいたことより、作品に直接接して、作品が発するサウンドや動きと同じ空間にいることで、わたしにとってはそれが最高に楽しい。

Plywood Shinchi / Yokohama Triennale2017
《プライウッド新地》 
ヨコハマトリエンナーレ2017


《電波街(Radiowave Quarter)》
ICC Open Space 2018

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