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Posted on 2025-03-26
「自然の猛威」を描いた西洋絵画 名作10選


《大洪水》The Deluge ミケランジェロ・ブオナローティ(1509年)

本作は、ローマ教皇ユリウス2世の委託によって、ローマのバチカン宮殿内に建築されたシスティーナ礼拝堂の天井画の一部として描かれた。

「旧約聖書」の「創世記」で語られているノアの大洪水がテーマである。

神は地上が乱れたため、すべての人を滅ぼそうと決心した。

信心深いノアを選んで、箱船を造らせ、家族やつがいの鳥獣たちともに箱舟に入るよう命じた。

ノアたちが箱舟に乗り込むと、7日後に洪水が起き、40日もの間雨が地に降り注いだ。

その間、洪水は地上の山々を覆い尽くし、箱舟に乗り込んだ者を除く地上の人間と動物をことごとく滅ぼしたのである。

この作品は、押し寄せる洪水から避難する人々を描いている。

ある者はまだ沈んでいない土地に這い上がろうとし、ある者は粗末な船に乗って漂流する。

おぼれかけている者もいる。

《ノアの方舟に乗り込む動物たち》The Animals entering Noah’s Ark ヤコポ・バッサーノ(1570年頃)

ヤコポ・バッサーノは、イタリアルネサンス期の画家である。

主に風景や風俗画を含む宗教画を描いた。また、動物を描いた作品はヴェネツィアで非常に人気があった。

本作は、箱舟に乗りこむ動物たちである。

宗教をテーマにした作品であるが、バッサーノは宗教的教えではなく、動物たちをメインに描いている。

箱舟に乗り込んだ動物たちはつがいであったが、バッサーノはつがいに拘っていない。

牛や羊は数頭描かれている。

ソドムを去るロトとその家族》The Flight of Lot and His Family from Sodom ヤーコプ・ヨルダーンスに帰属(1618~1620年頃)

紀元前3000年頃、ソドムという町が大いに栄えていた。

しかし、いつしか悪徳と頽廃の巣になり果てる。

神はこのありさまに怒り、硫黄と火の雨を降らせて町を消滅させることにした。

ノアのときは、神は怒って大洪水を起こしたが、今回は硫黄と火の雨である。

神はノアのときど同じように、信仰心篤い人を選び助け出そうとした。

それが、ソドムの住人ロトである。

神は天使を遣わし、ロト夫婦とその娘たちに、急いで町を去るように促した。

本作は、ふたりの天使に付き添われ、ソドムの町から脱出するロトとその家族を描く。

画面中央の年老いた男女はロト夫妻、その後ろには、荷物を持って従う娘たちがいる。

リスボン地震を描いた版画 A Copper Engraving, shows The Lisbon Earthquake of 1755(1755年)

1755 年 11 月 1 日、西ヨーロッパで大地震が起こり、ポルトガルのリスボンを中心に大きな被害を出した。

死者は5万5000人から6万2000人で、津波では1万人が亡くなった。

推定マグニチュードは8.5〜9.0だったとされる。

本作では、港の水が激しく乱れ、多くの船が沈没している様子も描かれている。

《ポンペイとエルコラーノの壊滅》(復元版)ジョン・マーティン (1821年)

ジョン・マーティンは19世紀のイギリス人の画家である。

40歳頃から次第に画業から離れ、ロンドンの上下水道や鉄道線などの都市計画や発明に関わるようになった。

しかしながら、事業はうまくいかず破産同然となった。

亡くなる数年前から絵の作成を再開した。

西暦79年、イタリア・ナポリ近郊のヴェスヴィオ火山が大噴火を起こした。

火災流が発生して、ふもとにある都市ポンペイとエルコラーノを襲った。

《ポンペイ最後の日》The Last Days of Pompeii(カール・ブリューロフ、1833年)

ロシアの画家カール・ブリューロフにより描かれ、彼のもっとも有名な作品である。

イタリアで大評判を呼び、ブリューロフの画家としての名声が確立された。

彼はロシアへ戻り、貴族らと交わり、帝立芸術アカデミーで教鞭をとった。

本作は、イタリア・ヴェスヴィオ火山の大噴火で、逃げ惑うポンペイの人々の姿を描いている。

ブリューロフは製作にあたって現地の廃墟を見学し、歴史文献をよく読み研究して描き上げたという。

完成までに6年かかった。

発表後に大きな評判を呼び、エルミタージュ美術館で、その後パリやミラノで展示され、ロシア皇帝ニコライ1世に贈られた。

作品はサンクトペテルブルクにあるロシア美術館に移され、現在も同美術館に収蔵されている。

《エジプト第七の災い》 ジョン・マーティン(1824年)

ジョン・マーティンはイギリスの画家。

幼少期は広大な自然環境で過ごし、荒れ狂う自然や城の廃墟などをつぶさに見た経験も持つ。

これが後の画風の基礎になったといわれる。

本作は、「十の災い」の七番目の災いを描いた作品だ。

十の災いとは、古代エジプトで奴隷状態にあったイスラエル人を救出するため、神がエジプトに対してもたらした以下の十種類の災害のことである。

  1. ナイル川の水を血に変える
  2. 蛙を放つ
  3. ぶよを放つ
  4. 虻を放つ
  5. 家畜に疫病を流行らせる
  6. 腫れ物を生じさせる
  7. 雹を降らせる
  8. 蝗を放つ
  9. 暗闇でエジプトを覆う
  10. 長子を皆殺しにする

《カレーの桟橋》Calais Pier J.M.W.ターナー(1803年)

ターナーはイギリスの画家で、1799年には24歳の若さでロイヤル・アカデミー準会員となり、1802年、26歳の時には正会員となった。

本作は代表的な風景画作品のひとつである。

初期のターナーはアカデミー受けのする、写実的な風景を描いた。

アカデミー準会員となって以降、有力なパトロンに恵まれ画家として順調な歩みを続け、本作はこの時期の作品である。

ロマン主義的な大気、光、雲の劇的な表現が特色である。

《波》Waves ギュスターヴ・クールベ(1870年頃)

クールベはフランスの写実主義の画家だ。

彼は山岳地帯に育ち、海は長いあいだ未知の世界であった。

1860年代後半から、クールベは海をモチーフにした絵画に、本格的に取り組むようになる。

本作は、ノルマンディー地方、エトルタの嵐の海を描いた作品だ。

荒れる海の大波のうねりが、カンヴァスの枠を越えて手前に迫ってくるようだ。

クールベは嵐に荒れ狂う波を中心モティーフにした作品を多数制作した。本作はその一点である。

《エトルタの嵐の海》Mer agitée à Etretat クロード・モネ(1886年頃)

印象派を代表するフランスの画家、クロード・モネの作品である。

本作の舞台は、フランス北西部のエトルタだ。

モネはホテルの窓から、冬の日、嵐で荒れる海を描いた。

《シナイ山のモーゼ》Moses on Mount Sinai ジャン・レオン・ジェローム 

モーセはエジプトを脱出後、イスラエルの民を率いて荒野を彷徨った。

一行がシナイ山のふもとまで来ると、神は山上の雲の中に現れ、何事かをイスラエルの民に伝えたようにみえた。

そのとき山が震えた。

イスラエルの民たちは神のお告げを知りたいと思い、モーセにシナイ山の上まで行ってお告げを聞いてくるよう頼んだ。

モーセは40日間戻らなかった。

その間、イスラエルの民たちは、自分たちを救ってくれたのは神ではなく金の子牛だと考え、金の子牛を拝んでいた。

山を下りたモーセはどその様子を見ると、子牛を打ち砕き、イスラエルの民たちに悔い改めるよう言った。

神は再びモーセを山に呼び、そこで神はモーセに十戒を授けた。

十戒とはどんな内容なのか。

【モーセの十戒の内容】
第1戒「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」
第2戒「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。」
第3戒「あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。」
第4戒「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。」
第5戒「あなたの父と母を敬え。」
第6戒「殺してはならない。」
第7戒「姦淫してはならない。」
第8戒「盗んではならない。」
第9戒「あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。」
第10戒「あなたの隣人の家を欲しがってはならない。」

これはキリスト教とユダヤ教の倫理の根本原理となっている。

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