アート / 特集記事
Posted on 2025-03-16
「夢」がテーマの西洋絵画10選
西洋絵画史における「夢」をテーマにした、あるいは「夢」にまつわる名作10点を選んで紹介する。
中世以来、夢がテーマの絵画は、宗教的・神秘的な内容や、幻想的・象徴的な内容を描いてきた。
時代、地域、文化を超えて、超現実の世界を視覚的に再現した、これら作品をぜひ堪能してほしい。(M&C編集部・蓬田修一)
ヒエロニムス・ボッシュ《快楽の園》The Garden of Earthly Delights (1503年~1504年 ※他説あり)
ボッシュの作品の中でも、最も有名なひとつであるといっていいだろう。
この作品は、画家としての最盛期にあったときに描かれた。
これほどまでに複雑な寓意に満ち、生き生きとした表現で描かれている作品は他に存在しないといわれる。
左翼では、神がイヴをアダムに贈っている。
中央は、裸体の人物、空想上の動物、巨大な果物、奇妙な形の構造物などが描かれる。
右翼には、地獄で拷問を受ける罪人など描かれている。
作品が何を意味するかは、誘惑からの危険に対する警告と解釈することが多い。
しかし、特に中央パネルに描かれた複雑な図柄が何を表しているのかは、何世紀にもわたって学術的な論争になっている。
この作品は、夢の世界を描いたのものではないかもしれないが、現実とは異なる架空の世界を描き、現代にいたるまで後世のアーティストに絶大なる影響を与えているので、今回選んでみた。
アルブレヒト・デューラー 《博士の夢》The Dream of the Doctor(1498年)
アルブレヒト・デューラーは、ドイツ(神聖ローマ帝国・自由帝国都市ニュルンベルク)のルネサンス期の画家で、数学者でもあった。
作品を見てみよう。
中年の男が暖かいストーブの前でうたた寝をしている。
悪魔が彼の背後に浮かび上がり、何の道具かは分からないが、棒状のもので不純な欲望をかき立てている。
悪魔の罪深い挑発によって、学者の無意識が呼び覚まされ、欲望の誘惑の対象であるヴィーナスが現れる。
この作品は、怠惰の罪に対する道徳的なメッセージなのである。
ホセ・デ・リベーラ《ヤコブの夢》Jacob’s Dream(1639年)
ホセ・デ・リベーラはスペイン・バロック絵画の巨匠だ。
この作品は、「旧約聖書」中の「創世記」 にあるヤコブの物語を題材としている。
ヤコブには双子の兄エサウがいた。
エサウは野性的な性格であり狩を好み、父イサクに愛された。
一方、ヤコブは穏やかな性格であり、母リベカに愛された。
ある日、狩から帰ったエサウは空腹に耐えきれず、弟ヤコブの作ったレンズ豆の煮ものを懇願する。
ヤコブはその見返りとしてエサウにある長子権を譲るよう迫る。
エサウは一時の食欲に負け、長子権を譲ることに同意した。
数年後、年老いた父イサクは死を悟り、長男エサウに祝福(神の加護) を与えようとした。
母リベカはヤコブにエサウのふりをさせ、夫イサクを騙してヤコブに祝福を受けさせた。
このことを知ったエサウは激怒した。
母リベカはヤコブをハッラーン(古代シリア地方の北部にあった都市)に住む兄ラバンのもとに逃がしてやった。
本作は、ヤコブがハッラーンへの旅の途中、うたた寝をしていたところ、夢の中で天地の間にかかっているはしごを見たという場面を描いている。
レンブラント・ファン・レイン《ヨセフの夢》The Dream of Joseph(1645年)
レンブラントはオランダ黄金時代における巨匠である。
この作品は、ヨセフ(マリアの夫、イエスの父)の夢に天使が現れ、エジプトに逃げるよう促している姿が描かれている。
ヨセフは家畜小屋で地面の上に座りこみ、膝の上に肘をついて眠っている。
マリアは青いマントをまとい、布にくるまれた幼いキリストとともに藁の上で眠っている。
天使はヨセフの右上に現れ、右手をヨセフの肩に優しく置いている。
「マタイによる福音書」によると、ヨセフの夢に主の使いが現れ、ヘロデ大王(ローマ帝国の王)の幼児虐殺から逃れるため、幼児のキリストを連れてエジプトに行き、知らせがあるまでそこに留まっているよう告げた。
そこでヨセフは夜の間に幼児とマリアを連れてエジプトに逃亡し、ヘロデ大王が死ぬまでその地に留まった。
ヘロデ大王が死ぬと、主の使いが再びヨセフの夢に現れ、イスラエルに帰るよう告げ、ヨセフたちは戻ったのである。
ヘンリー・フュースリー《夢魔》The Nightmare (1781年)
フュースリーはスイスで生まれ育ったが、国外追放を受けイギリスに渡った。
イギリスで画家として活躍し、ロンドンで亡くなった。
この作品は、長い首をあらわにしながら、ベッドの端から頭を垂れ下げ寝ている女性を描写している。
女性は仰向けに横になり、まるで死んでいるように見える。
女性の胸の上には、猿の姿のような夢魔(むま)がこちらを見つめながら座る。
夢魔とは、夢の中に現れて性交を行うとされる悪魔である。
フランシスコ・デ・ゴヤ《理性の眠りは怪物を生む》The Sleep of Reason Produces Monsters(1799年)
1797年から99年にかけて制作された、80枚からなる銅版作品「ロス・カプリチョス(気まぐれ)」の43番目の作品である。
ゴヤは宮廷画家としての仕事と並行して、1790年代から悪夢を描き始めるようになる。
そうして制作されたのが「ロス・カプリチョス」だ。
ゴヤはこの作品において、スペイン社会に対する個人的な見解を表現した。
本作に描かれているコウモリやフクロウは「無知」や「愚行」を象徴するものである。
オディロン・ルドン《The Dream Is Realized by Death》 (1887年)
ルドンは印象派の画家たちと同世代であるが、その作風やテーマは大きく異なっている。
印象派の画家たちは光の効果を追求し、都会生活のひとこまやフランスのありふれた風景を主な画題としたが、ルドンはもっぱら幻想の世界を描き続けた。
象徴派の文学者らとも交友を持った。
19世紀後半から20世紀初頭にかけてという、西洋絵画の歴史のもっとも大きな転換点にあって、独自の道を歩んだ孤高の画家というのがふさわしい。
フェルディナント・ホドラー 《夜》The Night(1889年)
ホドラーは19世紀から20世紀初頭に活躍したスイス人画家である。
グスタフ・クリムトと並んで、世紀末芸術の巨匠といわれている。
作品には「死」や「夜」をテーマとしたものが多い。
この作品では、人々が思い思いの格好で安心して眠っているようにみえる。
いい夢を見ているのだろうか。
中央の男性だけは目を覚まし、怯えた表情で起き上がろうとしている。
アンリ・ルソー《夢》 The Dream (1910年)
ルソーはジャングルをテーマに25を超える作品を描いた。これはそのひとつである。
ジャングルの中で裸の女性が横たわる。ルソーの若い頃の恋人ヤドヴィガがモデルとされる。
本作は、ジャングルの絵のうち最大で、幅2メートル以上、縦3メートル近くある。
ハスの花が咲き、青々と生い茂った草花が生い茂るなか、裸婦が横たわり、鳥、サル、ゾウ、つがいのライオン、ヘビなどもいる。
ルソー自身の夢の世界を描いたものといえよう。
ルソーは、鑑賞者が絵の意味を理解しないものもいるかもしれないと考え、「『夢』のための献詞」と題した詩を書いて絵に添えた。
以下はその訳である。
美しい夢のなかのヤドヴィガは
おだやかに眠り
正統派魔術師の奏でる
縦笛の音を聞いた
花と青々とした木々を
月が照らし
けものや蛇が
縦笛の調べに耳を傾けた
エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー《夢見る少女》Girl Dreaming (1910年)
20世紀前期のドイツの人で、ドイツ表現主義の代表的画家である。
退廃芸術展(ナチスが政策にそぐわないと判断した芸術作品を集め、ドイツとオーストリアを巡回した展覧会)に、に32点の作品が展示された。
ドイツ表現主義の代表作で、夢を見ている少女の内面を表現している。
キルヒナーは、退廃芸術展に展示されたことにショックを受け、1938年に自宅でピストル自殺を遂げている。享年58。
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