歴史 / 文学
Posted on 2025-12-16
天武天皇の「意志」と古事記成立 ――文学史と古代政治思想から読み直す――
2025/12/16
M&C編集部・蓬田修一
『古事記』の成立を考える際、しばしば焦点となるのは「なぜ歴史書が必要とされたのか」という制度的・思想史的問題である。
しかし、その背後には、歴史を書くことを決断した一人の為政者の強い意志が存在する。
本稿では、天武天皇という人物に注目し、壬申の乱という政変を引き起こしてまで政権を掌握した動機を、文学史的視点と古代政治学的視点の双方から考察することで、『古事記』成立の必然性を浮かび上がらせたい。
1 壬申の乱という「例外的選択」
壬申の乱(672年)は、日本古代史において極めて異例な内乱である。皇族が武力をもって皇位を争うという事態は、それ自体が王権の不安定さを露呈している。大海人皇子(後の天武天皇)は、この内戦において自ら兵を挙げ、結果として皇位を獲得した。
この行為をどう評価するかは、研究史上も重要な論点である。単純に「権力欲の強い人物」と見ることも可能だが、現在の研究では、より構造的に理解されることが多い。
すなわち、天智天皇系政権下における継承不安、白村江敗戦後の対外的危機、豪族勢力の再編といった要因が重なり、国家秩序そのものが危機に瀕していたという認識があったと考えられている。
この状況において、大海人皇子は「政権を欲した」というよりも、「自分こそが秩序を再構築できる」という自己認識を持って行動した可能性が高い。
壬申の乱は、無謀な賭けではなく、むしろ強い確信に裏打ちされた政治的決断だったと見るべきであろう。
2 史書が描く天武天皇像とその限界
『日本書紀』などの史書に描かれる天武天皇は、聡明で決断力があり、危機に際して果断に行動する人物として描写される。若い頃からの逸話を読むと、確かに野心的で、強いリーダーシップを発揮する人物像が浮かび上がる。
もっとも、これらの史書は天武系政権によって編纂・整序されたものであり、一定の政治的バイアスがかかっていることは否定できない。
しかし、それを差し引いても、壬申の乱を成功させ、即位後に矢継ぎ早に制度改革を行った事実は、天武天皇が受動的な存在ではなかったことを雄弁に物語る。
文学史的に見れば、ここで重要なのは、「人物像そのもの」よりも、どのような人物像が物語として構築されたかである。
天武天皇は、『古事記』『日本書紀』において、「混乱の時代に現れ、秩序を回復した存在」として位置づけられている。この語りの構造自体が、後の歴史叙述の方向性を決定づけた。
3 即位後の政策と「構想力」
天武天皇の即位後の政治姿勢は、極めて能動的である。皇親政治の強化、官僚制度の整備、軍事・祭祀制度の再編など、国家の基盤を整える政策が集中的に進められた。
その中に、帝紀・旧辞の誦習という、後の『古事記』成立につながる事業が含まれていることは重要である。
ここから読み取れるのは、天武天皇が単に目の前の政権維持に汲々としていたのではなく、長期的な国家像を構想していたという点である。
文学史の観点から言えば、この「構想力」こそが、神話と歴史を接続する叙述を必要とした背景である。
4 古代政治学から見た「歴史を書く」という選択
古代政治学的に見れば、天武天皇の行動は、中国王朝の政治思想と強く共鳴している。
中国では、天命を受けた正統な王朝のみが歴史を書く資格を持つとされ、歴史書の編纂は政権正当化の核心的手段であった。
天武天皇とその側近たちは、唐制国家の制度や思想を積極的に学んでいた。その中で、「歴史を書くことによって現在を正当化する」という発想を取り入れたと考えるのは自然である。
ただし、日本では王朝交替を前提としないため、中国史書の形式をそのまま移植することはできなかった。
この制約の中で選ばれたのが、神話から説き起こす『古事記』という形式である。
抽象的な天命論ではなく、天照大神と天皇家を直接結びつける物語によって、政権の正統性を語る方法が採用されたのである。
5 野望と責任の両義性
「野心的でエネルギッシュなリーダー」という天武天皇像は、学問的にも十分に支持しうる。
ただし、研究の場では、「野望」という価値判断を含む語よりも、「秩序回復意識」「国家構想力」といった表現が好まれる。
重要なのは、天武天皇において、強い権力志向と強い責任感が矛盾せずに共存していたと考えることである。
古代国家形成期においては、この両義性こそが、歴史を動かす原動力となった。
結論
天武天皇は、壬申の乱という非常手段を用いて政権を掌握したが、それは一時的な権力奪取にとどまるものではなかった。
即位後の政策と『古事記』成立への着手は、彼が「国家をどう語るか」「自らの政権を歴史の中にどう位置づけるか」を強く意識していたことを示している。
文学史的に見れば、『古事記』は天武天皇の政治的意志が物語として結晶化したテクストであり、古代政治学的に見れば、それは正統性を創出するための高度な政治的装置であった。
天武天皇を理解することは、『古事記』を読む前提であると同時に、日本古代国家が自らをどのように物語ろうとしたのかを理解することでもある。
この視点に立つとき、『古事記』は単なる最古の文学作品ではなく、危機の時代における「国家の自己表象」として、より立体的に読まれてくるのである。
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