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Posted on 2025-04-02
母と子の愛情を描いた西洋絵画 名作10選


美術館に行くと、よく見る絵画のひとつに母と子をモチーフにした作品がある。

いわゆる「母子像」だが、今回はルネッサンス直前から近代まで、約700年間に描かれた母子像から10作品を選んだ。

10選の記事をまとめながら、近代になるにつれ、伝統的な「母子像」の精神を引き継ぎながら、人間の母と子の姿を描くようになってきたのを、改めて感じた次第である。
(M&C編集部・蓬田修一)

《オンニサンティの聖母》Madonna Ognissanti ジョット・ディ・ボンドーネ(1310年頃)

ジョット・ディ・ボンドーネは、中世後期のフィレンツェ共和国に生きた画家である。(生年は1267年頃、1337年に没した)

その絵画様式は後期ゴシックに分類されており、イタリア・ルネサンスへの先鞭を付けた偉大な芸術家と見なされている。

絵画の二次元(平面)的表現を打ち破り、聖母子と諸聖人の周囲の空間は三次元的に表現している。

《ルチェッライの聖母》Dama col liocorno ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ

ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャは、13世紀末〜14世紀初頭、イタリアのシエナ(金融業で栄えた有力な都市国家)で活躍した。

シエナは13世紀から14世紀にかけて最盛期を迎えたので、ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャはシエナ最盛期に生きた画家ということになる。

シエナは、トスカーナ地方の覇権をフィレンツェと競うほどの力を持ち、その経済力を背景として、ルネサンス期には芸術の中心地のひとつとなった。

中世の姿をとどめる旧市街は世界遺産に登録されている。

ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャだが、彼が描く絵画はビザンティン様式を基盤としながらも、人間描写や空間把握にリアリティを盛り込んでいる。

ジョットとともにゴシックとルネサンスの橋渡しをした、西洋絵画史上重要な画家である。

聖母子》Madonna and Child ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1460年頃)

ロヒール・ファン・デル・ウェイデンは初期フランドル派の画家だ。

その作品はネーデルラントの貴族や諸外国の王侯貴族から、絵画制作の依頼を受けていたことから分かるように、当時もっとも成功し、国際的な名声を得ていた画家だった。

15世紀後半には、フランドルの宮廷画家、ヤン・ファン・エイクを凌ぐまでに高い評価を得ている。

しかしながら17世紀になりバロック美術が台頭し、絵画の潮流が変化していくと、ファン・デル・ウェイデンの名声は低くなり、18世紀半ばにはほとんど忘れ去られた。

だがその後200年の間に、徐々にファン・デル・ウェイデンの再評価が進み、現在ではヤン・ファン・エイクとともに初期フランドル派を代表する巨匠であり、15世紀の北方絵画において、もっとも影響力があった画家とみなされている。

作品をみてみよう。

金色の背景に、聖母マリアが幼児キリストを抱きかかえる姿が描かれている。

マリアの顔立ちは理想化されている。オリーブ色の瞳、高い額、対称的なアーチ型の眉毛を持つ。

マリアは暗い色のフード付きのクロークを着ているか、赤いドレスの上にヴェールをかぶっている。

クロークとは、袖のない外套のことだ。マントとの区別はあいまいだが、マントよりは、体を包み込むものという意味合いが強い。

クロークより短く、下半身をあまり覆わないものは、ケープと呼ばれる。

イエスは赤と黄色の装飾と刺繍が施されたクッションの上に不安定な足取りで立ち、落ち着きなく動いて、祈祷書の留め金をいじっている。

《ブノアの聖母》Madonna Benois レオナルド・ダ・ヴィンチ(1478年)

この作品は、ロシアの名門貴族クラーキン公からフランス人画家レオン・ブノワの手に渡り、その後ロシア皇帝ニコライ2世が購入した。

レオン・ブノワが所持していたことから「ブノワの聖母」と呼ばれる。

マリアは小さな白い花を差し出し、幼いイエスは興味津々に手を伸ばす。

よく見ると、この花は4枚の花びらを持つ。

花びらがクロスに配置されたこの花は十字架を象徴する。

聖母の顔はスフマート(輪郭線を使わずに、ぼかしながら立体感や形状を表現する技法)によって、優しく柔らかな印象だ。

この母子像を見て、上に紹介した母子像との大きな違いに気づくだろうか。

それはマリアが微笑んでいることだ。

《ジプシーの聖母》The Gypsy Madonna ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1511年頃)

マリアの黒い髪、黒いや瞳、浅黒い肌にちなんで「ジプシーの聖母」と呼ばれている。

家庭での礼拝のために制作されたものと考えられている。

《猫の聖母》Madonna del gatto フェデリコ・バロッチ(1575年)

一番右に聖ヨセフ(マリアの夫)、隣に聖母マリア、彼女の右腕に洗礼者ヨハネ(イエスに洗礼を授けた人物。弟子のヨハネとは別人)、マリアの胸には幼いイエスがいる。

バロッチは、イタリア・ピオッビコのアントニオ・ブランカレオーニ伯爵から、ピオッビコ教区教会と、プライベートで飾るための作品制作の依頼を受けた。

ピオッビコ教区教会のために描いたのは「エジプトからの帰還上の休息」で、現在、ヴァチカン美術館に所蔵されている。

本作は、伯爵の家庭向けに描いた作品で、寝室における家族団らんのひと時を描いていることから、伯爵夫人の居室用とも考えられている。

左下にいる猫は、ヨハネが持つ小鳥(ゴシキヒワ)に、いまにも襲いかかるように見える。

これはキリストの将来を暗示しているのである。

《ロレートの聖母》Madonna of Loreto ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ(1603~1606年頃)

薄暗い扉の前で、聖母マリアは幼児イエスを抱いて立っている。

一段下がった場所で、マントを羽織り、杖を肩に置いた巡礼姿の親子が跪き、聖母子を礼拝している。

ふたりのいで立ちは、典型的な巡礼の姿である。

ふたりは聖地ロレートに、ようやくの思いでたどり着いた。マリアが暮らし、受胎告知を受けた場所とされる家(サンタ・カーサ)は1294年、イスラエルのナザレから天使に運ばれて、ここロレートにやってきたという伝承がある。

ロレートにやってきた巡礼の母子の前に、聖母子が姿を現した場面である。

あるいは、聖地で一心に祈っているうちに、聖母子の幻影を見たのかもしれない。

《アレキサンドラ・ゴリシャーナ姫と息子の肖像》ヴィジェ=ルブラン(1794年)

描いたのは、エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン。フランス人である。18世紀で最も有名な女性画家であった。

当時としては長命で、86歳で没した。

肖像画を660、風景画を200ほど残し、優雅な自画像もよく知られる。

夫は賭博好きであり、ひとり娘も長じてから素行が悪かった。

画家としては名声を博したが、家庭的には苦労したようである。

《ゆりかご》The Cradle ベルト・モリゾ(1872年)

ベルト・モリゾは19世紀印象派の画家。

エドゥアール・マネの絵画のモデルとしても知られ、ふたりは恋仲だとも噂された。

夫はエドゥアールの弟ウジェーヌ・マネ。ひとり娘はジュリー・マネで、彼女も画家である。

モリゾは、自分自身の日常生活に焦点をあてた作品を描いた。

家族、子ども、姉妹、友人の肖像が多い。

この作品は、モリゾの妹エドマ・ポルティヨンが、眠っている娘ブランシュを見守っている様子を描く。

母親が頬杖をつく曲がった左腕に対応するように、眠る赤ちゃんの右腕も曲がっている。

《母と子》メアリー・スティーヴンソン・カサット(1903年)

メアリー・スティーヴンソン・カサットは1844年にアメリカに生まれた。

成人してからはフランスで生活することが多かった。エドガー・ドガと知り合い、印象派展にも出品した。1926年に亡くなった。

カサットは、彼女特有の力強いタッチで、母と子の親密な絆を描いた。

女性の社会的および私的な生き方を描いた作品も少なくない。

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