アート

Posted on 2025-05-28
夏の絵画 《ドービニーの庭》ファン・ゴッホ(1890年)


この《ドービニーの庭》は、ゴッホの晩年に描かれた作品である。

ゴッホが滞在していたラヴー旅館(人生最後の約2か月間をここで過ごし、ここで没した。現在は博物館として観光名所となっている)の近くにあった、シャルル=フランソワ・ドービニーの邸宅の庭を描いたものだ。

ドービニーはゴッホが敬愛する画家のひとりであった。

画面中央の奥には、ドービニーの未亡人が描かれている。

☆   ☆

以下に、西洋絵画史における本作の意義を挙げてみる。


  1. バルビゾン派への敬意と継承

上でも書いたように、本作は19世紀の自然主義的風景画を代表する画家、ドービニー宅の庭を描いている。

ドービニーはバルビゾン派に属し、自然の中に身を置いて風景を描いた先駆者のひとりで、ゴッホは彼に深い敬意を抱いていた。

本作は、印象派以前の自然主義風景画の系譜を、ポスト印象派の色彩と表現で再解釈したものともいえ、過去と未来の絵画をつなぐ役割を果たしている。


  1. 表現主義への橋渡し

《ドービニーの庭》は、ゴッホ作品の特徴である、うねるような筆致と激しい色彩で描かれている。

庭園風景という穏やかな主題に対して、作家内面の情動や精神性が強く投影された構成になっている。

このようなスタイルは、のちの表現主義(エゴン・シーレ、エミール・ノルデ、ムンクなど)への道を開くもので、西洋絵画の流れにおいて、感情の視覚化という方向性を定着させた一例と見なされる。


  1. 庭という主題の変容

これまで庭はしばしば、秩序ある自然の象徴として描かれてきた。

しかし、ゴッホの《ドービニーの庭》ではその構造が崩れ、自然と感情の交錯する場として描かれている。

この視点は、のちにシュルレアリスムや象徴主義へとつながるもので、風景画に内面性を付与する新しい方向を示している。


  1. 死と再生の寓意

この作品は、ゴッホがピストル自殺を遂げる直前に描かれたとされる。

庭の静けさや閉じられた構成(囲い)が、彼自身の終焉への予感や心の平穏への希求を象徴していると解釈されることもある。

そのため、《ドービニーの庭》は、個人的な終末感と芸術的完成が交差する、近代絵画のひとつの到達点としての意味も持つ。


まとめ

ゴッホの《ドービニーの庭》は、自然主義から印象派・ポスト印象派を経て、表現主義・象徴主義への結節点にある作品だ。

画面は単なる写生ではなく、作家の内面を風景に重ねて創作されている。

「見る風景」から「感じる風景」への転換点として、絵画史的に意義を持つ作品である。

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